大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4318号 判決 1969年9月24日
原告 柳沢行正
右訴訟代理人弁護士 竹内忠之助
右同 樋口信雄
被告 誠和興業株式会社
右代表者代表取締役 大西秀雄
右訴訟代理人弁護士 松田道夫
右同 松田節子
主文
被告は原告に対し金三万八、九一〇円及びこれに対する昭和四一年九月一六日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。
この判決は右勝訴部分に限り仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
一、被告は原告に対し金三〇万八、六五〇円及びこれに対する昭和三九年八月一九日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
(被告)
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二、当事者双方の申立
(原告の請求原因)
一、原告は昭和三九年三月一〇日被告の注文により大阪市生野区新今里町三丁目一六七番地軽量鉄骨コンクリートブロック造陸屋根三階建事務所兼共同住宅(以下本件建物と云う)の左官工事を代金九〇万円で請負い、その後追加工事(新たに階段辷り止め金具を取り付け、外部正面をアルミスパンドレールをタイル張りに設計変更したことに伴いセメントモルタル下地塗をタイル張りモルタル下地塗に変更し、内部廊下等の腰壁部分をモルタル仕上げから色モルタル仕上げに変更した)を含め請負代金は合計九五万七、五〇〇円となった。
二、原告は昭和三九年五月六日右工事の全てを完成させた。
三、原告は被告より右工事完了までに合計五五万円の代金を受領し、且つ現物給付としてセメント七五袋二万六、二五〇円、手伝い人夫七人分九、一〇〇円、ヌキ代一、五〇〇円、川砂トラック六台分六万円、仕事残二、〇〇〇円(右仕事は本来大工工事に含まれるものであったが、左官工事のサービスとして仕上げる旨約していたもので昭和三九年四月末以降被告が出高払の右工事代金を支払わないため右サービス工事を見合わせ、これを二、〇〇〇円と金銭に見積り、自発的に残代金より差引く)を受けたので、これらを控除すれば右請負残代金は三〇万八六五〇円となる。
四、よって、原告は被告に対し右残代金及びこれに対する本件支払命令送達の翌日である昭和三九年八月一九日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の答弁及び抗弁)
一、原告が昭和三九年二月下旬頃本件建物の左官工事を代金九〇万円で被告に請負わせたことは認めるが、その工事完成時期を昭和三九年三月一七日と定め、且つその特約として外装塗三回仕上げ、柱部分モルタル塗仕上げ、便所、浴室部分防水剤入白セメント塗仕上げ、廊下、事務所及び応接室部分白セメント塗仕上げの取決めがなされていた。
なお、被告が原告に現物給付したのはセメント一一八袋四万一、三〇〇円、屋上コンクリート打入夫七人分九三五〇円、川砂トラック六台分六万円、手伝人夫賃一、五〇〇円の合計一一万二、一五〇円である。
二、ところが、原告は自己の資金難を口実に右工事を遅々として進捗させず、昭和三九年五月六日完成寸前で右工事を中止した。
三、被告は昭和三九年三月一七日右工事が完成したら直ちに本件建物の二階以上を文化住宅として賃貸する予定でいたが、右工事遅延により少なくとも四〇日間の賃料相当額の得べかり利益を失ったところ、その損害額は一ヶ月賃料二万円の割合で二、三階一五室分合計四〇万円である。
よって、被告の既払代金五五万円及び右現物給付価額一一万二、一五〇円を差引いた残代金債務が二三万七、八五〇円であるから、右履行遅滞に基く損害賠償債権四〇万円でもって対等額において相殺(昭和三九年一一月一七日意思表示)する。
四、そうでないとしても、原告は前記特約を無視して外装塗は一回仕上げ、柱部分、便所、浴室部分はいずれも梨目土で塗り上げ、廊下、事務所、応接室部分は石灰仕上げにする等のずさんな工事をしたばかりでなく、陸屋根部分は数個所に雨漏りが起り、各階壁及び内壁には多数の亀裂部分が生じ、各階土間の随所に凹凸が生じている。
このため、被告は自己の費用でもって昭和四一年八月右陸屋根部分の雨漏りを修補するためコーキング詰工事をなし、代金四万円、各階壁及び室内壁の亀裂や右雨漏によるしみ部分を修補するため内装工事をなし、代金二六万一、七八八円(ベニヤ板購入費一九万六、八八八円、工事人手間賃六万四、九〇〇円)の各支払を余儀なくされ、合計三〇万一、七八八円の損害を蒙ったから、右瑕疵担保に基く損害賠償債権を自働債権として前記残代金債務と対等額において相殺(昭和四三年七月一二日意思表示)する。
(右抗弁に対する原告の答弁及び再抗弁)
一、被告主張の如く工事完成期日を昭和三九年三月一七日と定めたことはなく、ただ被告より一日も早く仕上げて欲しい旨要請されていただけに過ぎず、現に原告が実際に右工事に着手したのは昭和三九年三月一〇日頃であって、このことは被告も承知済である。
二、被告主張のような工事仕様に関する特約一切はなく、工事仕様書も取り交わしておらず、左官として専門的良心に従い仕事をしたまでのことで、外装塗は二回塗の個所もあれば三回塗の所もあり、柱、廊下、便所、浴室部分は下塗がモルタル、中塗が梨目土、上塗がプラスター仕上げとし、風呂場はセメント塗にしたが、これらはいずれも普通の施工方法であって、何らの手抜きはない。
三、もし陸屋根部分に雨漏りがあるとすれば、それは左官工事以前の下地防水工事の不完全さに因るもので、原告の責任外であり、各階壁及び室内壁の亀裂が多数あるというが、その個所が不明であるだけでなく、右亀裂の原因は仕事の時期、材質、その他の種々の事情が関係するものであって、一概に左官工事によるものとすることはできず、各階土間の凹凸はその個所が不明であり、もし多少あるとしても鏡の如く水平に塗上げる約定はなく、一応社会通念で平板に塗上げれば足りるはずである。
四、瑕疵に基く損害賠償請求権の除斥期間は一年であるところ、被告は右請求権を昭和四三年六月六日付準備書面ではじめて行使したものであり、右左官工事は目的物の引渡を要しないから、右工事が完成した昭和三九年五月六日より起算した昭和四〇年五月六日をもって右除斥期間が経過したことは明らかである。
第三、当事者双方の援用証拠≪省略≫
理由
一、原告が被告の注文により本件建物の左官工事を代金九〇万円で請負ったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫に弁論の全趣旨を照合すれば、原告が右工事を請負ったのは昭和三九年二月中旬頃であり、実際に右工事に着手したのは原告も自認する如く同年三月一〇日頃であったこと、しかし工事完成期日について格別具体的な取決めはなく、細目に亘る仕様書の取り交わしもせず、その契約内容は一般取引上相当な期間内に原告の専門的裁量に従い採算の合う右約定金額の範囲内で誠実に履行する趣旨の約定であったものと認めるべく、≪証拠省略≫中右認定の趣旨に反する部分は措信しない。
二、≪証拠省略≫によれば、本件建物のわずかな部分に下塗さえなく、又仕上塗のしていない部分もなくはないが、右左官工事はその予定された工程まで一応終了し、これが完全ではないにしても社会通念上一応完成したものと認め得られ、被告も右工事が未完成であることを理由に支払を拒絶しているものでもないから、原告は被告に対しその約定代金の支払を請求し得るものと云うべきであるが、≪証拠省略≫によれば、原告は右左官工事に当りその主張のとおりの追加工事を施行したものと認められ、原告代表者本人はその尋問(一、二回)で右追加工事のあったことを否定も又肯定する供述もしておらず、以上によれば、被告が原告に支払うべき右左官工事代金は合計九五万七、五〇〇円となる。
三、ところが、被告は右代金の内五五万円を原告に支払ったことは当事者間に争いなく、原告が被告より九万八、八五〇円相当の現物給付を受けたことを自認しているのに対し、被告はこれを超える一一万二、一五〇円相当の現物給付をなした旨主張するが、この点に各相応する被告代表者及び原告本人尋問(各一回)の結果は、そのほかに極め手となる資料がなく、そのどちらを措信すべきか未だ判定しかねるから、立証責任の分配に従い被告に不利益に定めるほかなく、被告の右抗弁中原告の自認する金額を超える部分は認容し難い。
しからば、被告は原告に対し右既払代金及び現物給付額を控除した残代金三〇万八、六五〇円及びこれに対する本件支払命令送達の翌日であること記録上明らかな昭和三九年八月一九日以降右完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
四、次に被告は自働債権として本件工事の遅延による損害賠償を請求するが、前掲原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告が実際に工事に着手したのは昭和三九年三月一〇日頃であるが、後叙のとおり原告の下請人が工事途中で仕事を放棄した経緯があったにせよ、被告の直営工事であった大工工事がまだ完了していなかったため、本件工事に中々とりかかれない事情が当初あったこと、本件工事はその後工事代金の支払時期とその金額等につき被告との間に不一致があって、昭和三九年五月六日頃漸く一応の完成を遂げたことが認められるが、その間被告側で右着工が遅れたこと又は竣工時期を著しく遅延していることを理由に原告を格別非難し又はこれらに対し異議を述べたことを窺うに足りる証拠はなくその完成期日に関し前記認定の約定である限り、これをもって取り立てて原告が本件工事を自己の責に帰すべき事情により遅延せしたものと解することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠は本件を通じて存在しない。
とすれば、右履行遅滞を理由とする損害賠償請求権は発生せず、従って右自働債権の存在は認められない。
五、しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告は当時他の工事に従事していた関係から自ら本件工事を直接施行する意思がはじめからなく、当初より右工事を他の者に下請させたが、その下請人が代金を前借して逃走したため、その後訴外久保正美に代金五〇万円(但し、その後七〇万円に値上した)で再び下請させ、その際訴外久保に対し元請負代金の安いことを理由に本件工事につき「外部の裏はざっとでかめへん。横手の方はちょっと塗る。中のほうもあまりきちんとすることはいらん」等と指示したことが認められ、前掲乙第一号証によれば本件建物には(1)同一壁面の凹凸が非常に多く、平面性を欠き、全般的に見て工事の粗雑さが目立っており、(2)陸屋根の表面モルタル塗の仕上げ面が水勾配の取り方が悪く、ルーフドレイン(排水口)の縁廻りの左官収めもまずいため、陸屋根上の雨水の排水が非常に悪く、所々に水溜りが出現し、(3)パラペット廻りの左官仕上げが下手でこのため致る所に亀裂が生じ、(4)屋内におけるモルタル仕上げ内壁にも随所に亀裂が生じていることが認められる。
六、本来左官工事は最後の仕上げであり、建物の出来ばえを決定する重要な工事であって、その壁面の平面性を保つことは右左官工事の生命であるから、右(1)については明らかに工事の不手際であると云うべきであり、(2)については、たとえ≪証拠省略≫のとおりその下地防水工事に原因があったとしても、凹部箇所は特別に厚く仕上げる等の努力を払うべきは勿論、水はけの配慮を欠かすことができないのは当然であり、もし約定金額の範囲内では右配慮を尽すことが採算上困難であるならば、その旨を施主に告げてその判断を仰ぐべきが信義則上当然期待されるべく、被告においてこのような措置を講じたことを認めるに足りる証拠はないのであり、(3)については、≪証拠省略≫によれば、本件建物の陸屋根に数個所雨漏りが生じ、ブロックや内壁にしみができたため、(3)の亀裂箇所にコーテング詰工事をして補修したところ、右雨漏りがなくなったことが認められるから、(3)の亀裂にも雨漏りの原因があったものと推認せられ(これに反し、≪証拠省略≫は右雨漏りの原因はもっぱら下地防水工事の不完全さによる旨述べているが、たとえ≪証拠省略≫のとおり(3)の程度の亀裂では右防水工事が完璧でさえあれば雨漏りなどしないものだとしても、右亀裂がなければ又雨漏りもしなかったはずである以上その限りにおいて右因果関係を否定することができない。)(4)についてはコンクリート造に多少の亀裂が避けられないことは公知の事実であるばかりか、≪証拠省略≫のとおりその亀裂が一義的でなく複雑な原因により生ずるものであるにしても、原告のずさんな前記施行方法と無縁でないものと認めるべきが相当である。
七、そうだとすれば、たとえ本件工事代金が格安であったにしても、原告において右代金を承知の上本件工事の完成を約している以上、被告がその仕事の性質にかなった一定の出来ばえを期待するのは当然であり、又社会通念上予定された性状は最低限これが保証されるべきであるから、前記(1)乃至(4)はいずれも本件工事による瑕疵に該当すると解すべきであり、≪証拠省略≫によれば、被告は昭和四一年八月頃右(2)(3)の補修としてコーテング詰工事等を施行し、代金四万円、同年九月頃本件建物の雨漏りによる内壁のしみ、及び(1)の壁面の凹凸、(4)の亀裂をいずれも隠すため化粧ベニヤ板をその全面に張り付け、そのベニヤ板代及び張り付工事に合計二七万七、一二八円の各費用を支出したことが認められる。
八、但し、弁論の全趣旨によれば、右ベニヤ板は前記の如き瑕疵のある部分は勿論、その瑕疵のない壁面部分にも一様に使用していることが推認されるが、一面だけに張り他面を張らないことは周囲との釣合いや美観上から著しく不都合であることは想像に難くないから、右工事により本件建物内部の利用価値が従前以上に増加する結果になったとしても、右内装工事に要した費用全部が被告の蒙った損害と解して妨げず、被告が右損害額合計三一万七、一二八円の内三〇万一、七八八円を自働債権として昭和四三年七月一二日本件工事残代金債務と対等額で相殺する旨意思表示したことは記録上明らかである。
九、もっとも、原告は右損害賠償債権の行使は民法第六三七条所定の一年の除斥期間経過後になしたものであるから、失当である旨主張するが、同法第六三八条の特則により本件建物の如きコンクリートブロック造の建物の瑕疵の場合には右除斥期間は一〇年と解せられるべきところ、右損害賠償債権の行使が本件工事の完成した昭和三九年五月六日より起算して一〇年を経過していないことは明白であるから、右主張は採ることができない。
一〇、そうとすれば、右損害賠償債権は本件工事残代金債務と少なくとも昭和四一年九月一五日当時相殺適状にあったことが前掲証拠により認められ、当事者双方に弁済充当指定の主張立証のない本件においては、法定充当により右三〇万一、七八八円はまず代金元本三〇万八、六五〇円に対する昭和三九年八月一九日以降昭和四一年九月一五日までの損害金合計三万二、〇四八円(円以下切捨計算)に、次に右代金元本中二六万九、七四〇円に順次充当され、残代金は昭和四一年九月一五日現在三万八、九一〇円となる。
一一、従つて、原告が被告に対し右三万八、九一〇円及びこれに対する昭和四一年九月一六日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で本訴請求は理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大隅乙郎)